主権者の出番
労働運動再生で
2009.1.1
新社会党書記長
松枝 佳宏

 
 
 アメリカ発の金融危機に端を発する「世界恐慌」は、社会の土台を大きく揺さぶっている。しかし、解散・総選挙は今年に持ち越され、政治は立ち往生、日本はどうなっていくのか。情勢を的確につかみ、反撃の態勢づくりを急がなければならない。


 今の景気の落ち込みは、急であること、あらゆる企業・産業に広がっていること、世界的規模であること、そして、長びきそうだと分析されている。

 70年代のドル・石油ショック以来、何度危機が叫ばれてきたことか。資本はそのたびに危機を利用し、政府の援助を受け、働く者に犠牲を転嫁しながら生き延びてきた。


 
あり余る商品を前に

 「神は自ら助ける者を助ける」とばかり、企業がボロボロになっても、株主や経営者は自身の懐が膨らむ弱肉強食の競争社会をつくり出した。それが、世界恐慌として跳ね返ってきているのである。

 「恐慌」とは、あり余る生産力を社会が制御できない姿だ。「働け、働け、もっと働け。過度労働によってのみ、目の前の眩いばかりの商品を全て購入することができる」。ジェレミー・シーブルック著『階級社会』の一節だが、労働者は過労死を招く長時間労働、無権利で働き過ぎ、その結果首を切られ、溢れる商品を前に餓える現実に直面している。

 「派遣切り」という生活費もなく、会社の寮を放り出される理不尽を許す経済大国・日本とは何か、怒りとともに、責任追及の闘いが始まっている。

 企業を助け、生産性をあげ、景気を良くし、雇用を守り、人々の生活向上を図るサイクルはつぶれている。発想を転換し、現代版「ニューディール」を実施すべき時ではないか。

 医師・看護師、ヘルパー、教員などを増やし、医療・福祉、教育を充実し、農林水産業を支えればよい。低家賃の公営住宅や学校の耐震化、環境を重視した産業を進めれば、それらに従事する労働者も増える。こんなことが夢物語だろうか。


 
政治を変えればいい

 米国に経済封鎖された貧しい国・キューバの医療は世界最高水準であり、医療によって貧しい国、災害被災国への国際連帯も実践されている。要は政治の問題だ。憲法を暮らしに生かす闘いである。

 財源はある。働く人が増え、生活が安定すれば税金も入る。何より「あるところ」から取ればいい。大企業には利益の蓄積があり、株や投機で儲けている金持ちがいる。

 イージス艦による迎撃ミサイル実験はみごとに失敗したが、1回の費用は62億円。在日米軍の再編は3兆円、思いやり予算は約2500億円、無駄なばかりか、アジアの緊張を高めている。この資金を平和外交の下に、とりわけ東アジアの経済協力に使えば、国際平和にも役立つだろう。

 死に体・自公政権に望むべくもない。主権者・「国民」の出番である。とりわけ労働運動の再生は急務だ。労働大衆にとって力とは、その圧倒的な数とその組織である。

 組織がないなら、資本に学ぼうではないか。「神は自ら助ける者を助ける」なら、自ら始めるしかない。現場では闘いが始まっている。春闘、解散・総選挙と結合することだ。