1939─2009年  70年後の和解と協力

『週刊 新社会』 2009年9月8日号より


 第2次大戦時の集団墓地から2100人以上の白骨死体がポーランドで見つかり、8月14日、北西部の町スターレ・チャルノボに埋葬された。

 大半がドイツ人住民で、ポーランド・ドイツ両国共同で追悼式が行われ、和解が一歩進んだ。

 歴史家たちは真実はわからないとしながらも、犠牲者はソ連赤軍あるいはポーランド人によって殺されたか、厳冬下の飢餓で数が増したとしている。

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 8月23日は「独ソ不可侵条約」として知られる「モロトフ・リッベントロップ条約」締結70周年で、活発な討論がロシアで行われた。

 89年12月、ヤコブレフ特別委員会の調査をもとに人民代議員議会が条約秘密議定書の存在と信憑性を認めた決議を採択。

 それから20年経ち、決議は「第二次大戦の修正主義」として見直され、欧州安保協力会議(OSCE)通常議会が今年7月に採択した「ソ連とナチス・ドイツ双方に戦争責任がある」とした「分断欧州の再統一」と題された決議は反発を起こしている。

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 9月1日、ポーランドの港町クダンスクで「大戦70周年記念式典」がトゥスク政権によって主催され、プーチン首相、メルケル独首相も参加した。

 プーチン首相はカティン村事件、1920年戦争に触れ、「過去の影が現在、未来の両国関係を曇らすものであってはならない」と述べ、不信と先入観からの解放と関係強化を訴えた。両国政府は原子力開発・海運・文化協定に調印した。

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 70年前の9月1日、ナチス軍はこの町のヴェステルプラッテ岬に上陸、ポーランド軍は7日間抵抗を続けたが降伏。ドイツはポーランドを占領、仏・英・豪が3日宣戦、ソ連軍も17日、カーソン・ラインまで進攻、世界大戦が始まった。(富山)