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戦争をさせない
南スーダンPKO撤収を
2016年11月15日



 

 日本国憲法公布70年の11月3日、安倍政権は安保法制(戦争法)の強行成立を受け、内戦状態にある南スーダンPKOに駆けつけ警護の新任務を付与する閣議決定を行い、9条改憲を念頭に憲法審査会再開を急ぐという情勢の中、全国各地で「憲法を守れ」「戦争反対」の集会、講演会、デモが行われた。東京では「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」主催の秋の憲法集会≠ェあり、約400人が参加。記録映画『高江−森が泣いている』の上映、政党のメッセージのあと栗田禎子・千葉大学教授と石川健治・東京大学教授が講演した。栗田教授は焦眉の政治問題である「混迷する南スーダン情勢と自衛隊の派兵」のテーマで、要旨次のように話した。


 憲法公布70年 秋の集会−栗田禎子氏(千葉大学教授)が講演


 「武器使用の実績作り」


 南スーダンは2011年7月にスーダンから分離独立し、現在、内戦状態にある。13年12月に大規模な戦闘があり、その後15年8月に和平合意が成立したが、16年7月から再び内戦状態になっている。
 スーダンは元は英国の植民地で1956年に独立した。他のアフリカ諸国同様、独立後も植民地時代の経済社会構造の下で中央と地方の格差など歪みを抱えている。そこへ人種的宗教的対立、北のアラブ系と南の非アラブ系、イスラム系と非イスラム系がからんで南北の内戦を生んだ。外から見ると民族・宗教紛争に見えるが、本質は国家の権力と富を巡る矛盾と対立だ。
 かつて開発地域であった南スーダンは苦しい思いをして独立したが、また同じ問題が同じ形で始まった。エリート同士の抗争が始まり、大統領派と副大統領派の争いとなった。出身部族を背後に従え、全土を2分する内戦状態になった。
 今年7月に起きた大規模な戦闘は、15年8月の和平協定に起因する。 和平協定はアフリカ諸国、国連、中国、米国が仲介してまとまった。協定の内容は、政府のポストを大統領派53%(閣僚16名)、武装野党33%( 10 名)、元政治犯7%(2名)その他政党7%(2名)に分与。議決は3分の2以上の賛成が必要で、それが確保できない大統領派は協定が気に入らず、合意を壊そうと副大統領派を挑発して戦闘を起こした。
 南スーダンの戦闘は偶発的なものではなく、バリバリの権力闘争であり、政治闘争だ。首都ジュバの治安は安定しているなどという認識は通用しない。もはや停戦合意は存在しない。PKO5原則は完全に崩壊している。

 ■観念的日本


 日本は南スーダンPKOへ2011年から派遣しているが、当時のミッションと今とでは全然違う。当時は北と南の停戦をモニタリングして戦争をしないようにすることが任務、南内部の紛争は起きていなかった。
 ところが、13年12月に南で大規模な戦闘があり、国連安保理で新しいPKOミッションが加えられた。平和維持が平和構築に変わり、周辺のアフリカ諸国から4000人規模の部隊を派遣し、文民保護にPKO部隊が先制攻撃をしてもいいことになった。
 なのに日本政府は2011年PKOの延長で粛々と更新している。紛争当事者が入れ替わり、解放運動のかつての同志が血で血を洗い、ミッションの性格が変わり全く違うステージに到達しているのに、日本政府は駆けつけ警護の新任務へ進んでいる。一種原理主義的に派遣継続に固執し、一種観念的にミッションを遂げるだけという姿勢だ。
 といっても安保法制が成立し、集団的自衛権を行使できるようになり、米国の戦争ではなく国連の活動に参加するのはやむを得ない、日本だけ参加しないわけにはいかないと思う人がいるだろう。私はPKO自体に賛成しない。PKOには政治的動機と目的があるからだ。
 PKO法は1992年、湾岸戦争後に米国の強い圧力により成立した。 ここに自衛隊の海外派遣に対する国民の批判意識が眠り込まされていった。同じPKOでも、各国には軍隊があり、たまに国益のためではなく国際社会に貢献するために国連の下で活動している。だが、日本には軍隊はなく海外に派兵しないという憲法を持っている。戦力を保持しないとして56年に国連に加盟した。その違いは明らかだ。


 ■国際貢献?


 国際貢献とか国際社会を素直に信じていいのか。南スーダンは国際社会が関与したにも拘らず破綻国家になった。国内で解決できる問題が国際社会の関与により内戦になった。
 南スーダンの独立には米国のイニシアティブによる地政学的戦略的なアフリカ介入があった。米国など先進諸国がイラク戦争で中東を押さえて目を付けたのがアフリカだった。
 スーダンはソマリア、エチオピアなど「アフリカの角」から内陸部に進出する上で戦略的位置にある。日本は米国の戦略を補完する立場でジプチに陸自唯一の海外基地を設け、今は南スーダンPKOの拠点になっている。19世紀の帝国主義華やかなりし時代に英仏独がアフリカを分割した。 1898年、スーダンでアフリカ縦断政策をとる英国と横断政策をとる仏が対峙しし、あわや大戦かというファッショダ事件があった。そこで今、自衛隊が活動している。駆けつけ警護で大統領派か副大統領派か分からないまま、民族や少年少女の別なく相手を殺すことになる。
 逆に自衛隊員が犠牲になれば、敬意を表することになる。日本政府は南スーダンPKOを突破口に、1発の銃声で武器使用の実績をつくり、武器使用に対する国民の抵抗感を解消しようとしている。
 その訓練が非公開で実施されている。これを見過ごせば、近い将来に徴兵が始まり、国民全体が戦争に協力させられかねない。(文責・編集部)



 
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