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平和を誓う
核も戦争もない平和な地球
2016年8月23日



 被爆から71年目の8月9日、長崎市で行われた原爆犠牲者平和祈念式典で、長崎県被爆者手帳友の会会長の井原東洋一さん(80歳)が被爆者を代表して「平和への誓い」を読み上げた。井原さんは、平和祈念式典が「静かな祈りの場」に矮小化され、政治的発言を慎むことを求める「政治的意見」に真っ向から異を唱えた。原稿は被爆者団体役員らに感想と意見を求め、1400字に凝縮。しかし完成した後、重大な欠落に気付いた。政府に対し憲法に反する安全保障の廃止を求めるセンテンスに「国会」を加え、「昭和47年政府見解」を恣意的に読み替えた政府の暴挙を指摘する必要があったと言う。


 井原東洋一さん訴える


 8月9日の「平和への誓い」は、長崎原爆による被爆者が、爆心の地から世界に向かって公式に発信する大切な任務である。市長が「長崎平和宣言」で表現しない、あるいはできないような内容も含め、被爆者自身や家族の痛ましい体験を基礎に、全ての犠牲者への鎮魂と核兵器禁止、世界平和希求の発信を論理的に、感情を込め、かつ倫理観を忘れず、抑制しながら筋を通すことを基本に置いた。
 従って個人の意見のみに偏らず、諸先輩や識者や友人知人、一般市民の意を体した「長崎からの叫びにも似た主張」が大切である。
 私は5月上旬に発言者に内定した直後に全体の文脈は準備していたが、5月27日のオバマ米大統領の広島訪問が内定されていて、その成果を見極めるため執筆を待っていた。
 「ある晴れた日に空から死が降ってきた」には強い違和感があり、「人体実験」の文言が浮かんだ。およそ60年間にわたった労働運動、政治活動、平和運動など「わが人生の集大成」だとの思いを込めて7月中旬に文脈を確定し、一気に草稿を書き上げた。そして尊敬する先生、ジャーナリスト、文学者、一般市民らから意見やアドバイスを頂き、耳に伝わる感覚も綿密に確かめて、10回もの推敲を重ねた。
 書き出しは神話の中で育った子ども心にさえ気付いていた敗戦の兆候。そして8月9日午前11時02分の惨状、自身と家族の被爆体験。被爆者援護対策の政治的解決。日本国による加害の歴史認識、被爆国日本が、国際社会で果たすべき役割、米国の「核の傘」からの脱却などによる平和な世界に向けた名誉ある地域の確立、長崎を最後に!との宣言などを骨格にした。



 
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