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2013.04.02
主権回復の日
4・28は誤りは「屈辱」の日


 安倍内閣は、4月28日を「主権回復の日」とし、天皇、皇后の出席を含む政府主催式典の開催を閣議決定した(3月12日)。先の総選挙で自民党の公約に初めて出たものだが、戦後政治の犠牲を無視した「愛国心発揚」に怒りの声が多い。


 この決定は、昨年4月に自民党が「主権回復60周年」を期した新憲法草案の発表にも連動する。
 「4・28」は、1952年に対日講和条約が発効し、日本が連合国の占領から「独立」を回復した日とされる。だが、その裏には多くの問題が隠され、新憲法下の日本の歩みを著しく歪めてきた。


 講和条約と安保条約


 この講和条約は冷戦激化を背景に米英が主導し、ソ連は署名せず、インドは不参加、中国は招かれない「片面講和」だった。国内では「全面講和」の世論が沸騰したが、政府・与党は押し切った。
 それと同時に日米安保条約(旧)が結ばれ、日本側は他の全権委員を排除して吉田茂首相一人が調印した。以後、日本は米国の半永久的な軍事拠点として、その戦略体制に深く組み込まれていく。この安保条約の発効日もまた、52年の「4・28」だった。 


 この片面講和と日米安保という一対の構造の下で、沖縄、奄美、小笠原の施政権は返還されず、米軍統治下の地域とされた。奄美群島の復帰は翌53年だが、激しい復帰運動と米軍基地の少なさが理由とされる(小笠原諸島の復帰は68年)。


 天皇が沖縄占領望む


 とくに酷いのは沖縄の扱いだ。 
 米国の公文書には、「日本の天皇は、米国による沖縄と他の琉球諸島の軍事占領の継続を希望し、占領は25年から50年またはそれ以上の長期租借の装いによるべきだと考えている」「天皇の意見では、占領は米国の利益になり…ロシアの脅威を恐れる日本人民の広範な承認も得よう」という、天皇「顧問」の寺崎氏のマッカーサー総司令官あてメモと説明を報告、「軍事基地権の取得は、講和条約ではなく日米間の条約によるべき」との寺崎意見も記されている。 
 この天皇メッセージは47年9月20日付である。すでに新憲法は発効し、天皇にはもはやそんな権限はなかったはずだ。


 「屈辱の日」を知れ


 沖縄はまたもや切り捨てられ、講和条約でも復帰を許されず、安保条約で無期限の米軍統治下に置かれた。沖縄の復帰は、講和条約発効から20年後の72年だ。
 その間、「銃剣とブルドーザー」で土地が、事故や犯罪で多くの命が奪われ、多数の女性が暴行され、米兵らは日米地位協定で守られてきた。今も在日米軍基地の74%が沖縄に集中し、辺野古新基地建設やオスプレイが押し付けられ、広大な基地や空域は米軍が占拠して日本の「主権」は及ばない。
 沖縄県民が4・28を「屈辱の日」と呼ぶのは、そうした苦難の体験に基づくからだ。安倍内閣は、どの顔で何を祝うのか。


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