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2014.05.06
「水俣病」問題(上)
公式確認58年、苦しみは続く



 水俣病の公式確認(1956年5月1日)から今年で58年になる。だが、世界の公害の原点であるミナマタ病被害の全容は未だに明らかにされておらず、解決のメドすら立っていない。水俣病をめぐる闘いの現状を整理しておきたい。


 熊本地裁で3月31日、未認定患者8人が国と熊本県、原因企業のチッソを相手取り、損害賠償を求めた「水俣病被害者互助会訴訟」の判決があった。原告3人にそれぞれ1億500万円から220万円の賠償を命じ、残り5人は棄却した。
 原告は1953年から60年生まれで、原田正純医師(2012年6月死去)が胎児性ないし小児性水俣病と診断した人たちで、「第二世代訴訟」として闘われている。原告は当初9人だったが、1人は昨年11月、不服審査請求の裁決を経て行政認定され、提訴を取り下げた。


 森を見ない判決


 判決は、感覚障害などがある7人について、高濃度のメチル水銀曝露があったかどうかで判断。両親や祖父母に水俣病認定患者のいる男女2人は、「胎児期および小児期に高濃度のメチル水銀曝露を受けたことが症状の原因」と認めた。
 ほかの5人は家族に認定患者がいないことなどから「高濃度の曝露を受けていない」「感覚障害は別の病気が原因の可能性もある」と請求を退けた。「ニセの水俣病患者」と切り捨てたのであり、国や熊本県、チッソと全く同じ姿勢だ。
 裁判所はなぜ、誤った判断をしたか。原告弁護団の山口紀洋弁護士は、「木を見て森を見ない。水俣病学という森、水俣病被害地という森、水俣病被害者の群という森、その中の原告として見ないから大きな間違いをする」と批判する。
 原告団長の佐藤英樹さんは、「家族に患者がいるから認める、いないから認めないという差別的な基準。同じ地域で生まれ、似たような食生活をし、曝露してきた。きちっと調査して、どういう生活をしてきたかで判断するのが本当の判決だ」と怒る。

 原告家族の佐藤スミエさんは環境省交渉で、「何も知らず、毒の魚を何十年も食べ、水俣病になった。チッソ、国、県の責任は重大で、責任をとるのは当たり前だ。52年判断条件の誤りを認めて撤回せよ」と迫った。


 闘う中で「自覚」


 水俣病への強い差別や偏見がある中で、9人は裁判に立ち上がった。原告には名前非公表の人もいるが、足掛け7年の闘いで、最初は尻込みしながらも一人ひとり証言台に立ち、相手側の尋問にも答え、自分の置かれた位置を自覚していった(熊本学園大の花田昌宣教授)。
 控訴した第二世代訴訟は、これからが正念場。原告の倉本ユキ海さんは、「判決を聞いたとき頭が真っ白になったが、最高裁までいっても、正しいことは正しいと言って、負けないぞと思った」と意気盛んだ。闘う士気は高く、結束は固い。

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