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2012.06.19
職業病を問うシンポジウム
治療と闘いは一体 

 
 パネリストの発言に聞きいる参加者
 1973年頸肩腕症候群を発症以来、職業病闘争を闘う木下孝子さんらNTT木下職業病闘争支援共闘会議は6月9日、東京都内で第7回総会と頸腕シンポジウムを東京都内で開き、100人が参加した。


 シンポジウムは「いま、職業病を問う!NTT頸肩腕障害発症の社会的責任とその解決」と題され、パネラーは、亀戸ひまわり診療所の医師の平野敏夫さん、元全電通郡山分会執行委員長の渡部良次さん、弁護士の加藤晋介さんの3人、コーディネーターは前支援共闘会議議長の高木貞治さん。顕在化以来長い歴史をもつ頚腕症に代表される職業闘争を振り返りながら、パネラーが報告し、質疑を通して職業病闘争の強化を誓い合った。


 平野医師
 職業病闘争は、罹病者・医師と企業との間の認定基準のせめぎあいであった。発症の要因を職場に求めるか、否かの問題だった。顕在化するにつれ、日本産業衛生学会頸肩腕症候群委員会で、業務による障害を対象とし、上肢を同一肢位に保持または反復する作業により、神経・筋疲労を生じる結果、発症する機能的あるいは気質的障害と認定されたが、当時の電電公社(現NTT)における「頸肩腕症候群に関する医学的究明について」(プロジェクトチーム答申)では、本人の資質をことさら強調し、罹病者の分断を図った。職場環境は昔より悪くなっているようだが、抵抗と職場の建設(参加)が、予防には一番だ。


 渡部元分会長
 郡山では73年の頚腕罹病者だった鈴木千恵子さんの入水自死を機に、「生命と権利」の闘いへ広がった。罹病者の孤立化やわがまま批判に対して、私たちは罹病者の実態把握・家庭訪問・健康調査で対抗した。また、逓信病院など「専門医」で都合の良い勝手な定義づけを行い、労働省、厚生省、郵政省で「労働省通達基発59号」を発し、頸肩腕障害の診断書を書かないなどの攻撃があった。重視してきたのは、徹底した学習、治療と闘いは一体、職場が変わらなければ治らない、ということだったが、罹病者会は解散させられていった。労働者の組織、闘い、連帯なくして労働者の権利は守れないことを実感した。


 加藤弁護士
 司法は国家権力の後衛であって、権利の砦ではない。現在の労働法制、労働現場はでたらめだ。労働契約より企業が策定する就業規則が優先される労働慣行では労働者の権利は守れない。国労は現場協議制で職場を守ってきた。戦後、高度成長の矛盾の現出の公害が可視化され一定の救済があったが、職業病は切り捨てられてきた。木下裁判は低成長・官公労攻撃の激化の中で労働運動の後退があり、産業医の台頭と応援すべき労組の衰退があった。
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