鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

法務省の悪あがき   第272回

2026/01/21
  再審法の改正が世論で支持されるようになった。静岡地裁(村山浩昭裁判長)が、「拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する」として、袴田巌さんの再審開始を決定した。袴田さんは、ようやく、48年ぶりに釈放された。 

  しかし、検察側がその決定に対して抗告、袴田巌さんが無罪判決を勝ちとったのは、それから10年も経ってからだ。そのあと検事総長は、無罪判決に不服を唱えて、有罪を主張した。 

  袴田さんは88歳、無罪判決を受けるまで生き延びた。昨年3月に亡くなった石川一雄さんは86歳だった。逮捕から62年が経っても、名誉回復することができなかった。三鷹事件の竹内景助さん、名張毒ぶどう酒事件の奥西勝さんも、無実を晴らすことができないまま世を去った。それまで生きていたとは言っても、人生の可能性を妨げられ、不自由だった。 

  冤罪事件のほとんどは、自白を強制し、証拠のでっち上げで成立している。それによって、一人の人生が破綻しても、誰も責任を取ることはない。誤った逮捕と誤った裁判。

  それは民主主義国家にあってはならないものだ。 

  逮捕者はその段階では容疑者だが、マスコミでは犯人扱いになる。必要以上に書き立てられ、人権と名誉を奪われ、市民社会では生きていけなくなる。その訂正が「再審」、やり直し裁判だが、警察も検察も過去の過ちを認めたがらない。 

  「疑わしきは罰せず」。それが最大の人間尊重だが、一旦逮捕すれば、自白するまで釈放せず(人質司法)、証拠を捏造し、法廷で再審の判決があっても、抗告して抵抗する。あたかも原告の死亡を待つかのように。 

  それで、再審法を民主化しよう、という声が高まった。証拠は全面的に開示する。決定された再審に検事側は抗告しない。この提案にたいして、法相の諮問機関である「法制審議会」は抵抗している。「裁判所が開示を認める裁量決定」を認めない、とこれまでより厳しい対応をしようとしている。

  これまでの苦悩の歴史を上乗りする方針だ。日本の暗黒裁判の存置は、民主主義の否定である。