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新社会党第27回定期全国大会
岡﨑宏美委員長の集約

2022/02/27
 新社会党第27回定期全国大会の岡﨑宏美委員長の集約(2022年2月27日)


 2日間にわたる討論、ありがとうございました。


 私たちの今、そしてこれからの党活動、党の未来について、皆さんの率直なご意見をいただけたものと思います。
私の思いをお伝えする形で、この間議論を重ねてきた中央本部執行部の今夏の闘いへの方針を、改めてお伝えしたいと思います。


 その前提として、なぜ私たちは新社会党として四半世紀を歩んできたのか。政党要件をなくすという厳しい条件下でも、私たちが新社会党に結集し活動してきたのは何故かを互いに改めて、問うてみたいと思います。


 私は新社会党を結成した当時の5人の国会議員の一人です。日本社会党の党員でしたが、国鉄民営化に反対し、連合加盟に反対したことを理由に、選挙では公認されることなく無所属で闘いました。当選しても無所属議員として議会で発言の時間も保障されない議員生活を送りました。選挙は、岡崎を落とせという攻撃を受けながらの闘いでした。 それでも兵庫の仲間たちと共に、今日まで腐ることなく潰れずやってきたのは、日本社会党が戦後、平和憲法を護り生かす活動を通して、多くの人々と連帯する活動こそ、人を作り、やがて社会の仕組みを変えようとする力につながることだと確信してきたからです。


 そして政治改革法を主導的に進め、自衛隊合憲に迄踏み込んだ、当時の日本社会党から排除された私たちは、運動を、党員の心を、どう残すか、結集する場を求めて新社会党を結成しました。


 厳しい道でした。日本社会党が導入の道をつけた選挙制度の改悪は小政党を振り落としていきます。私たちが歩いた歴史はそれを裏付けています。だからこそ、共に闘う道、今なら誰もが口にする野党共闘の道を模索し続けたと言えます。失敗も繰り返しました。 私は日本社会党を割る引き金を引く役割になりました。 事あるごとに「原選挙」と言われますが、候補者となった原和美さんは、互いに20代から県総評婦人部再建に取り組んだ仲間であり、なんでも相談してきた同志です。その彼女は社民党と共に闘う役割を担いました。引き金を引くときも、共闘を模索する時も、兵庫の仲間はその時々を、苦渋の決断を繰り返しながら、それでも闘う道を探して今日までやってきました。 原選挙の最も深い傷は兵庫が引き受け、今も傷は癒えたわけではありません。 それでも国政を諦めては政党ではない。自治体議員を作ることは、国政に連動する力になると闘ってきました。 


 だからこそ、昨年2月、社民党からの「統一名簿方式で参議院選挙を闘おう」との呼びかけに際し、私が最初に確認したことは、「2010年と同様の扱いは受け入れられない」ということでした。選挙法上の制約はあるにしても、「新社会党の党員と明確にして、新社会党が選挙をすることが保障されない形はありえない」ことを明らかにし、社民党からその確約をとって、今日まで協議を続けてきました。 さらに昨日山崎副委員長からもご説明しましたが、党名変更についてはギリギリまで求め交渉を続けます。選挙法上の制約以外は、新社会党が独自性を持った取り組みができるよう、実務上の詰めも急ぎ行います。それらの中で、選挙積立金の使途、社民党に求めるものなど明らかにいたします。


 さらに、私たちの活動「憲法を生かす」「平和憲法の改悪を許さない」さらに政治を変えるための「野党共闘を本物にするための第三極づくり」を、共同テーブルをはじめ、今度こそ本物にしようと求める根強い声があります。
総選挙の結果、ナショナリズム、改憲、ヘイト、新自由主義政策の一層の推進など、ますます平和を脅かし、人権を蹂躙する政治に向かっている今、新社会党として活動した四半世紀の歩みの上に立った選挙活動が求められています。 それは3年後ではない、今取り組まねばならないことです。


 結果は怖い、けれど通信簿がオール1でも直視してやり直すしかないとの決意の発言がありました。その通りです。 
昨日冒頭の挨拶でも述べましたが、長い間、国政選挙に自前の候補者を立てずにきた私たちにとってそれは楽な道ではありません。しかし、続けてきた努力を次の世代に引き継ぎながら、平和と安全、権利の確立を求める人々と共に闘うことが、道を太く広くする唯一の方法であると確信します。


 勝てるから選挙をするのではない。しかし、目標を立て、目標達成の努力、一つでも目標を達成する。オール1のどれかを2にする、次は2を多くする。この繰り返しが、はっきりした課題や希望を作ります。それは「勝ったと同然」になり、やがて「勝てる」につながります。短期で成せるとは思いませんが、政党が政党として歩む基本ではないでしょうか。自治体議員選挙と国政選挙は二者択一ではありません。互いに力になる闘いです。各種選挙を闘うと、機関紙の拡大や支持者の拡大、党員・党友の拡大につながる経験は党が共有してきた闘いの成果です。


 申し上げた観点から、神奈川県本部提出の修正案は受け入れられません。採決に委ねます。


 新社会党を結成した当時、私は45歳でした。今年は71歳になります。若かった党員それぞれが確実に年齢を重ねています。新しい仲間を増やさなければ、活動は絶えます。政治や社会の在り方に関心を持つ人に、共に学び共に取り組む場を作る「党」の活動を、次の時代に繋ぐことなくして社会の変革はありません。 格差と貧困に直面する若者たちが過激で排他的なひとつの層を形成していると言われます。 若い世代が私たちの活動を引き継がなければ、生きづらい社会はもっと悪くなります。「力量がないのだから、身の丈に合った活動をするべき」と発言がありました。これまで「己の力を考えて、身の丈に合わせて生きろ」と、格差を受け入れさせられてきた、若い世代や女性たちに「身の丈に合った」活動とは何かを、発言されたあなたは、どのような方針を出されるのでしょうか。


 候補者選考を巡ってはご心配をかけました。必ず勝てるのでなければ候補者になれないというお考えを変えていただけなかったのは、直接交渉にあたった私の責任ですから、詰めの甘さも含め、責任は私にあると申仕上げるしかありません。党の課題も含め、今の政治状況を前に、新社会党はやはり最終的に党員を候補者として闘う方針を中執で固め、私の次女でありますが岡崎彩子を説得いたしました。党員すら知らない、それで選挙になるのかとのご指摘は甘んじてお受けします。


 労働組合で闘争した経験もありません。学生運動の経験もありません。資本論に精通しているわけでもありません。彼女を表現するならば、女性、42歳、独身、ということでしょうか。引きこもる年月も経験したロスジェネ世代。 世帯単位の諸制度によって、生きることに不安を抱えています。「女だから」ゆえに様々な差別と向き合っているだけです。 
それでも、それだから候補者になって、声をあげていいと呼びかける選挙になればと思っています。 できるだけ若い人たちに選挙に関わってもらい、その実務も伝えなければと思います。諦めない、力をつける、次につなぐ、次を作る、その役割を担わせていただきたいとお願いします。


 党費の値上げについては、都道府県本部の日頃の苦労を知るだけに心苦しく思っています。本来は、機関紙「赤旗」によって党活動費を作り、職員として雇用する関係を作ってきた共産党の姿が基本でしょう。機関紙財政と党財政は別という考え方は、私たち執行部は党結成時より持っておりません。一体の活動と考えております。機関紙財政によって党活動を支えられるよう読者の拡大が進めば、次の道が開ける。当面の乗り切り策として考えておりますので、1年間の討議をお願いします。


 広くカンパをいただく、読者として支えていただく等、お金を出して応援してくださる方は裏切らない。表現は適切ではないかもしれませんが、長く活動してきた者の実感です。とことん仲間を増やすことが全てです。選挙や諸活動を通して、次に繋ぐ、次を作ることは我々の命題です。それらを全力で闘うことを申し上げて集約といたします。