鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

南西諸島この犠牲の島々 第105回

2022/06/22
  「馬毛島」。馬が草を食はむ、長閑な島影はない。丘の上に腹這いになっている、コンクリート製のトーチカとその正面に穿うがたれた黒ぐろとした銃眼。空虚な穴の連なりが、未練がましそうだった。 

  全島8平方㌔㍍。いま写真でみる島には、十文字状の滑走路が建設されていて、昔の面影はない。種子島から漁船をチャーターして、島に渡ったのは14、5年前だったろうか。 

  そのころから、米軍艦載機のタッチ・アンド・ゴーの発着訓練(FCLP)用地にされる、と噂されていた。小学校もあったのだが、買収、移転がすすんで無人化。平和総合銀行が買収、同行が住友銀行に買収され、立石建設が所有した。それっきり、あまり情報はなかった。

  20年11月、「週刊新潮」が「『利権の島』に120億円が消えた! 防衛省『馬毛島』買収に暗躍した『加藤勝信』」との見出しを立てた、暴露記事を掲載した。 

  17年に防衛省が算定した土地評価額は45 億円。それが19年1月までの間に115億円が上積みされた、という。 

  45億円の物件が160億円にふくれあがったのだから、政府の大盤振舞い。米軍のための血税垂れ流しだ。米空母艦載機の着地訓練のために、陸海空の自衛隊が派遣され、占拠、常駐する。

  鹿児島県の種子島、馬毛島からはじまり、沖縄本島を経由して台湾に至る南西諸島は、いま急速に軍事化している。 

  南西諸島といえば、南洋の島という呼び名は暴力的で血なまぐさい」(「『南西諸島』を取り巻く問題」)というのは種子島出身の文学研究者、松下博文さん(「越境広場」22年3月発行)である。 

  「南島」「州南諸島」と呼ばれていた島々を、「南西諸島」と命名したのは、日本海軍だった。その後、日清戦争があり、南西諸島、琉球、先島の領有権が獲得された。 

  奄美大島、宮古島、石垣島そして与那国島。この弧状列島が、いま、日本軍備増強の犠牲地に再編されつつある。