鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

国鉄解体35年後の現状   第125回

2022/11/23
     より速く、より大量に、より遠くまで。「近代化」の指標とはこの三つだろうか。大量生産、大量消費、大量廃棄による利潤追求は、環境破壊と資源浪費、そして温暖化を促進させ、いま地球危機を招くまでになった。 

     たとえば、リニアモーター建設などは、環境破壊ばかりか、膨大な電力を消費するために、原発建設が見込まれていたほどだった。わたしは60年代後半の都電撤去に反対する運動のルポを書くことによって、フリーライターになった。都営交通の合理化とは、都電をなくすことだった。 

      街なかを走っていた無骨な都電は、のろまで邪魔くさいとみられるようになっていた。その背景にモータリゼーションの欲望があった。アメリカ大陸を走っていた長距離列車が姿を消したのは、ゼネラルモーターズ、フォード、クライスラーなど自動車メーカーの大量生産の結果だった。 

      都電撤去の流れのなかで、わたしは「公共性」を攻撃する、「民営化」の欲望を理解するようになり、国鉄民営化の取材をはじめた。 87年に強行された、国鉄の分割・民営化ほど露骨な「私欲化」はなかった。国鉄内部にいて中曽根康弘の国鉄解体政策に協力したエリート職員、松田昌士、葛西敬之、井手正敬の三人は、それを成功させ、それぞれドル箱のJR東日本、JR東海、JR西日本の社長に就任した。論功行賞だった。 

      分割・民営化は、露骨な赤字線切り捨てを進めた。公営交通の国鉄時代は、赤字線を黒字線でカバーする「公共性」があった。が、民営化はそれをかなぐり捨てさせた。 

     「第三セクター」などでの経営努力や、自治体が設備を所有して経営をカバーする方式もあるが、それぞれが赤字に苦しんでいる。過疎地はさらに過疎化し、日本列島に空白地帯がふえている。 

       地域住民の生活を無視した政策は、悪政というべきだ。中曽根首相は、「総評運動の中心の国労は潰す」と豪語していた。住民と労働者の生活と福祉を切り捨てた政治の過ちを、どう解決するか。それが問われている。